
1.はじめに:中国銀行ってどこの銀行?
「中国」と聞けば、多くの人は隣国の中華人民共和国を思い浮かべるでしょう。
しかし、日本には古くから「中国地方」という呼称が存在します。
今回、ある外交官のポストが波紋を広げたのは、この「当たり前だと思っていた名称」の優先順位が、国によって全く異なっていたからです。
下記は昨年2025年5月のニュースですが、興味深かったので調べてみました。
産経新聞:2025年5月22日 14:53配信
ニュース概要
岡山市に本店を置く地方銀行「中国銀行」の屋号に対し、パキスタン駐在の中国外交官・張和清氏がXで不満を表明。中国の国有大手銀行と混同する訪日中国人客が多いとし、「知名度に便乗した詐欺」と批判した。中銀側は詐欺の意図はなく、混同防止に努めていると困惑を表明。特に神戸支店では注意書きを掲示している。
補足:なおGrokに調べさせたところ、中国外交官による当該ポストは下記のURLですが、現在は削除済みのようです。
https://x.com/zhang_heqing/status/1923303472075809154
考えてみたいこと
ニュースを見て即座に思うのは、「両者の歴史認識の違いが浮き彫りになった」という点です。
ここでは感情を排し、数字や事実ベースで確認してみたいと思います。
大陸と日本にはそれぞれ中国がありますが、その起源や年代について掘り下げてみたいと思います。
本記事では、「岡山の中国銀行は本当に詐欺なのか?」という疑問に対し、感情ではなく年代・制度・設立年という数字で整理します。
2.日本と大陸、それぞれの中国(銀行)

まず確認すべきは、「中国」という言葉の使用がいつから記録されているか、そして行政・国家・企業としていつ成立したのかという点です。
| 比較の視点 | 大陸(中華人民共和国) | 日本(中国地方) | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1. 古代における 言葉の起源 |
紀元前11世紀頃 青銅器「何尊」に刻まれた「宅茲中国」 ※「世界の中心」という意味 |
西暦712年 古事記「豊葦原中国」 ※神話における地上界の呼称 |
大陸の方が古い(出典: 青銅器『何尊』銘文、紀元前11世紀推定) |
| 2. 地域・国家として 認定した起源 |
1912年 中華民国の成立 ※国号として「中国」を略称に使用 |
1349年 太平記「中国探題」 ※足利直冬が8カ国を治める役職名 |
日本の方が古い |
| 3. 銀行としての成立 |
1912年 中国銀行(Bank of China) |
1930年 中国銀行(The Chugoku Bank) |
大陸の方が古い |
| 4. 結論 |
銀行の設立年は大陸が先だが、 特定の「地域」を指す行政・政治的な言葉としては日本の方が500年以上先んじている。 |
- | |
出典: 古事記(712年編纂)、太平記(1349年記述)、Bank of China公式サイト
表を見ると一目瞭然ですが、「中国」という言葉が特定の地域や行政区分を指す言葉として定着したのは、日本の方が500年以上も早いのです。
現代の国号(略称)としてのイメージが先行し、歴史的な連続性が混同されている実態が見えてきます。
3.国家としての日本と中国

①一般論としての比較一覧表
| 比較の視点 | 日本 | 中国 | 結論 |
|---|---|---|---|
| 現体制・政府の継続性 | 紀元前660年(神武天皇即位)〜 ※史実性については諸説あり | 1949年(中華人民共和国 建国)〜 ※それ以前は別体制(清、民国など) | 日本の方が圧倒的に古い |
| 文明・王朝の起源 |
紀元前7世紀頃(伝承) 紀元後3世紀頃(国家の形) |
紀元前16世紀以前(殷、夏など) ※「4000年〜5000年の歴史」 | 中国の方が数千年古い |
| 歴史の連続性の捉え方 | 「万世一系」による単一系統の継続 | 「易姓革命」による王朝交代の連続 | 価値観により定義が分かれる |
私個人の考え方としては、易姓革命という考え方を「リセットボタン」と捉えます。
つまり、政治体制としては「王朝交代により国家の枠組みが変わった」と解釈する立場もあります。
易姓革命を経てもなお、国として数千年の歴史があるという話が正しいのならば、
・モンゴルには元としてユーラシア大陸の大半を治める正当性があり、
・イタリアには、ローマとしてヨーロッパの大半を治める正当性があることになってしまいます。
これは歴史学的な「文化の継承」と、政治学的な「国家の継続」が混同されている状態ではないでしょうか。
地域として数千年の歴史があるのは良いでしょう。
しかし中国としての歴史という文脈で数千年という言葉を使うことを、私は好みません。
②私の考える比較一覧表
一方で私は、「とにかく事実ベース」で比較したいと考えました。
注目したのは日本最古の歴史書である古事記です。
広義として日本最古の公文書に位置づけられています。
神話要素がある記載内容の是非には触れず、古事記が完成した年代を「確実に日本があった年」と捉えました。
| 比較の視点 | 日本 | 中国 | 結論 |
|---|---|---|---|
| 1. 現体制・政府の継続性 定義:最古の歴書(公文書)の完成 |
西暦712年〜 (古事記 完成) ※日本最古の歴史書を起点とする |
西暦1949年〜 (中華人民共和国 建国) ※それ以前は別体制(清、民国など) |
日本の方が1,200年ほど古い |
| 2. その地域の文明・王朝の起源 定義:文字・文章の確認時期 |
西暦57年頃〜 (漢委奴国王の金印) ※後漢から文字の刻まれた印を授与 |
紀元前1300年頃〜 (甲骨文字の確認) ※殷(商)王朝期の占い等の記録 |
中国の方が1,300年ほど古い |
注:古事記は神話要素を含むが、日本最古の公的歴史書として起点としました。
歴史学では大和朝廷の成立を3世紀頃とする説もあります。
4.事実認識の難しさ:客観は存在するのか?
今回の私はどうして数字にこだわったのか。
おそらく以前から、歴史問題・歴史認識の捉え方に不快感を覚えていたからでしょう。
気を悪くされる方がいれば申し訳ない限りなのですが、私は「証言」というものについて、疑いの目を持っているからです。
私のように発達障害を持つ人間は、その特性として「外部からの刺激や情報を過敏にうけとめてしまう」ことがあります。
そのため、事実と自身の思考、感情との関係性については警戒する頻度が高いと言えます。
だからでしょうか。「仮に事実というものが存在したとしても」、知識、思想、思考、感情、時間経過等により、「証言」が容易に変質してしまう事態は、想像に難くないです。
5.おわりに
とにかく数字を並べて比較したかった、その一言につきます。
物事を明らかにすることで、少しだけ世の中をクリアにしたいと思っていたのかもしれません。
都合の悪い事実は語られないといえば陰謀論よりになりますが、誰かが何かを主張する時、そこにある「語られない情報を見いだせる」、そんな私になりたいと思います。
岡山の中国銀行は本当に「詐欺」なのでしょうか。
それとも、名称の歴史的背景をどう定義するかの問題なのでしょうか。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました🐻
名称や物事の捉え方について、別の角度から考えた記事もあります。
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