
1.導入
以前、「与えるには、覚悟が要る」という記事を書きました。
今回のお話もそれに類する話でしょう。
私が実際に体験した出来事に、いくらかの想いを添えてお話ししたいと思います。
2.あの日、私は1枚のクレジットカードを拾った
①拾う前
ある冬の日の夜のことでした。
私は帰宅途中にサイゼリヤで夕食をとる予定でした。
私はよく道でものを拾います。
下を向いてばかりの人生だからかもしれません💦
小銭や名刺入れ、時にはスマホを拾うこともあります。
その日も1枚のクレジットカードを見つけてしまいました。
見つけてしまった以上は、警察に届けざるを得ません。
見過ごすと、
「落とし主が困るかもしれない」
「不正利用されるかもしれない」
などと不安と後悔を背負って生きることになるのですから。
一方で「私が不正利用したと疑われるのでは?」という不安もぬぐえません。
だから私は次の行動をとりました。
・落ちている風景を撮影
・拾った時間を時計で確認
拾って即交番に届ければ、不正利用の疑いはかけられないだろうとの思いがありました。
②途中で出会った高齢女性
最寄りの交番までは、歩いて10分程度でした。
「今、私は人生を無駄にしている」と感じる自分がいました。
貴重な平日の夜の10分が損なわれるのです。
拾っても、拾わなくても損しかありません。
さて、歩いてすぐ70代くらいの高齢女性が不審な動きをしていました。
何かを探しているような様子で、時折地面にも目をやっています。
私はすぐに「あぁ、この人がクレカを落としたのだな」と思いました。
私がその高齢女性に話しかけると、やはりクレカを落としたとのことでした。
しかし彼女は身分証を持っていない様子でした。
たとえクレカの名義と彼女の自称があっていたとしても、「万が一」があります。
万が一の事態では、より厄介なことになるでしょう。
そこで私は彼女に「一緒に交番に行ってそこで確認しましょう」と提案しました。
すると彼女は「ATMがもうすぐ閉まる。お金がおろせないと買い物ができなくて困る」と言い出しました。
すこし考えて、私は警察に電話することにしました。
通話先の警察は、渡すことにGOサインは出さず、こちらに向かうので待てと回答がありました。
最寄り警官はパトロール中であり、到着に10分以上かかるとのことでした。
③警官到着、そして、、、
警察に電話して15分も経過したくらいでしょうか、警官2名が到着しました。
私は改めて経緯を説明しました。
・ここでクレカを拾った
・交番に届ける途中、クレカを落としたという女性がいた
・彼女は身分証を持っていないので、そのまま渡すのは万が一があると思った
説明後、なんやかんやで警官から高齢女性へクレジットカードが渡されました。
ただそれだけの話ならまぁ良かったことでしょう。
私が経緯を説明している間、警官2名は私をじっと見つめていました。
明らかに私を容疑者として見る目です。
もちろんこれは私の主観であり、被害妄想の強さが前面に出ているのかもしれません。
しかし少なくとも好意の視線ではなかったことは確実です。
私の善意の報酬は、警官2名からの疑いのまなざしでした。
一般的には、すぐに気持ちを切り替えることができるかもしれません。
しかし私のレッテルは、うつ病と発達障害の緩和のために休職している人間です。
だてに毎日メンタルクリニックに通っていません。
私はすっかり意気消沈してしまいました。
失った人生は30分くらいでしょうか。
サイゼリヤに立ち寄ることもなく、独り空腹のまま冬の寒空の下、帰ることにしました。
高齢女性からはそれなりに感謝の言葉があったと思います。
でもその言葉は私にはただただ空虚に感じられました。
その時の私は感謝の言葉よりも「10万円くらい謝礼が欲しい」という具体的な現実、損害補填を求めていたからです。
3.善意にもまた、覚悟が要る
このエピソードを読んで、みなさんは何を想うでしょうか?
・私ならそもそも拾わない
・その程度で気落ちするなんて
・拾ったからには覚悟を持て
・10万円の謝礼なんて欲深すぎる
人によってさまざまな反応があると思います。
日本にはボランティアが根付きづらい、なんて話を聞いたことがあります。
一方で以前の日本には「お互い様」「助け合い」の風習があった、とも聞きます。
わたしに善意があったのか、定かではありません。
・落とし物を拾わないと、罪の意識に悩まされる
・落とし物を拾って届けると、損害を受けた気になる
私はどちらを選んでもバッドルートなのです。
これもまた、「私の生きづらさ」です。
「情けは人の為ならず」と言います。
でも、私はその言葉を体感したことはありません。
4.おわりに
私がこのエピソードで伝えたかったことは何でしょう?
それはタイトルの通りなのかもしれません。
私はこの出来事を、学びに昇華できていません。
ただ、今後も同じ場面で、同じように消耗すると思います。
恐らく世の中には、私の今回のエピソードを「話題にすらならないほど軽く処理できる」人がいるのだろうと思います。
私の一大事が、ある人にとっては些事でしかない。
そのような人と私とでは「生きるコスト」が大きく異なるのでしょう。
「生きるコスト」が過剰な自分にできることは多くないです。
今回の話ならば、
「どちらを選んでも気にならない」
「何をしなくても自分を責めない」ことができるようになれば、
生きるコストが少し軽減されて、
いくらか生きやすくなるのかもしれません。
これもまた私の終生の課題なのでしょう。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます🐻
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