憎しみや怨恨に飲み込まれないために。私が実践する感情の「沈静化」|私の感情と思考のフローチャート

不快な出来事から始まるフローチャートに気づいたT-Kuma"
不快な出来事から始まるフローチャートに気づいたT-Kuma"

1.感情のフローチャートに気づいた私

今日は「怒りに疲れてしまった」という出来事がありました。

詳細は省きますが、私の感情と行動のフローチャートを発見したので文字にしてみたいと思います。

:以降の内容は、私の脳内の話なので、おそらく心理学的には正しくない解釈だと思います。

1.まず不快な出来事が発生

2−1.元気がある👍→3.怒りルート💢

2−2.元気がない👎→4.悲しみルートへ😿

3−1.怒りグッドルート→自助努力💪

3−2.怒りバッドルート→憎しみ🤬

4−1.悲しみグッドルート→沈静化🌛

4−2.悲しみバッドルート→怨恨💀

不快な出来事が発生

元気がある👍

⬇️
3. 怒りルート 💢
Good
自助努力💪
Bad
憎しみ🤬

元気がない👎

⬇️
4. 悲しみルート 😿
Good
沈静化🌛
Bad
怨恨💀

2.感情はエネルギー、元気がなけりゃ怒ることもできない😿

最近の私は、だいたい一週間に一度のペースで不快な出来事が生じます。

シンプルに表現すると「私に損害が発生する!」という事象です。

急な予定変更や支出を要求されたりする事態がわかりやすいでしょうか?

そこで私は、体調次第で「元気があれば怒っていて、元気がないと意気消沈で悲しんでいる」事が多いと気が付きました。

感情もまたエネルギーであり、特に怒りはエネルギーを要するのでしょう。

怒りは6秒がピーク」なんて言葉も聞いたことがあります。

(実際には怒りのピークは数秒~数十秒と言われるようです)

元気がない人は怒ることすらできないし、疲れてる私が怒る時、それは「エネルギーではなく自身を消耗して、命を削って怒っている」のだと思います。

3.怒りルートはどちらへ行く?

私にとって、怒りは状況の改善を求める気持ちの表われです。

どうにか出来るでしょ!変えられるでしょ!」という思考がそこに存在します。

3−1.グッドルートな自助努力💪

この怒りのエネルギーを自助努力に変換できれば「改善行動」に移行できます。

事態が悪いなら、私がどうにかする!」

原因などはさておいて、自分で改善のための行動を取ろうという意気込みが表れている状態です。

この状態は独善的だったり視野が狭くなることもありますが、私にとっては比較的マシなルートです。

私が今このブログを書いて収益化を図っている事自体が、生存手段の確保という不快な問題への自助努力にほかなりません。

ただ静かに生きたいだけなのに、なぜお金が必要なの?

私は本気でこう考えているからです🐻

3−2.バッドルートな憎しみ🤬

しかし、怒りがそのまま悪化すると「憎しみ」へと変容していきます。

私にとって憎しみとは、「加害性を伴う感情」です。

その加害性が「自分に向けられるのか、他人に向けられるのか」は様々な状況次第でしょう。

いずれにせよ私にとってこの状態は、社会的に最も危険な状態です。

私はこの状態に至らないために、どうにか自助努力ルートへ切り替えたいところですが容易ではありません。

どうにかエネルギーを消費して、悲しみルートへ行こうとするのが定番の対処方法です。

出来るなら筋トレ、ウォーキング、それすらできなければ入浴による体力消耗です。

4.悲しみルートはどこへ行く?

悲しみは、無力感の表れです。

私にはどうしようもできない。状況も良くならない」という思考がそこに存在します。

4−1.グッドルートな沈静化🌛

そのまま静かに、「諦め」へ移行するのがベターな方向性です。

自身を慰めつつ、少し美味しいものでも食べて、好みの音楽でも聞きながら静かに眠りにつく。

あとは時間経過による記憶の風化に期待したいところです。

上記は孤独な私の対処法ですが、親しい人と静かに交流するのが良いかもしれません。

補足:本来の仏教的な意味の諦めとは、物事の道理(真理)を「明らめる(あきらかにする)」ことで、ネガティブな断念ではなく、現実をありのままに見て受け入れ、執着を手放すことで悟りや心の平穏を得ることのようです。私もかくありたいものです。

4−2.バッドルートな怨恨💀

しかし、悲しみがそのまま悪化すると「怨恨」へと変容していきます。

私の怨恨、恨みにはエネルギーはありません。

静かに、しかし記憶が風化すること無く執着し続けます。

憎しみルートよりは実害はないでしょう。

しかし私にとっては、人生そのものを深く蝕んでしまいます

過去を振り返ると、昔の職場の上司などの姿が恨みとともに思い出される気もします。

しかし今の私にはおぼろげな記憶です。

もしかすると私の忘れっぽさや、世の中の認知症は「怨恨に至らないための脳の防御策」なのかもしれません。

5.おわりに

今までのお話は、あくまで私個人のモデルとしての体感です。 もっとハッピーで楽しいお話ができればよいのですが、どうしても自身を見つめると「怒りや悲しみ」に注目してしまう自分がいます。

どうしても変えられない自分、それが個性」なんて言葉を聞いたことがあります。

次は「どうしたら豊かに生きられるか」について考えられればいいなと思う私がいます。

みなさんは疲れていて元気がないのに怒りを感じることはありますか?

私の感覚では「それは命を削って怒っている状態」なのかもしれません。

うまく事態を解消、もしくは沈静化に移行できることを祈るばかりです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました🐻

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