散髪と雪かきは原罪?〜北国の冬に床屋で想う🐻

髪が伸びるのは、雪が降るのは神が与えた原罪では?と考えるT-Kuma
髪が伸びるのは、雪が降るのは神が与えた原罪では?と考えるT-Kuma

1. 導入

私は毎月はじめに散髪に行きます。

・0.5ミリのバリカンで刈り上げて

・前髪は短く

・頭頂部も指を横にするくらいの長さで短くして

・頭頂部は真っ平らではなく少し散らす感じでお願い

髪型にこだわりのない私は、いつもこんな注文です。

限りなく「発達障害ヘア」に近いです。

せめて清潔感を維持するために、毎月の散髪でシンプルな短髪をキープしています。

この記事は「髪を切るのって面倒くさいよなぁ」そう考える私が散髪中に考えた思考ログです。

備考:発達障害ヘアとは?

私の造語かもしれません。

メンタルクリニックを長く通院していると、障害特性の強い男性の髪型に一定の傾向が見えてきました。

「もともとは刈り上げ風だったボサッとした感じ」の髪型です。

私も含め、オシャレ意識の少ない特にASD傾向の強い方に多いように見受けられます。

(あくまで私個人の体験に基づく見解です。ステレオタイプ化を意図するものではありません)

2.髪を切られながら思う原罪

①髪、そして身だしなみの是非について

毎月の散髪は安く見積もっても2,000円近くになります。

年間で24,000円にものぼり、これからインフレも進んでいくことになるでしょう。

私にとって「伸びる髪の存在は不条理です」

大げさに言うと「神が人類に与えた原罪の表れかしら、髪だけに💦」とも思います。

・髪なんて伸びずにその分、他の健康に栄養を使ってほしい

・伸ばしっぱなしでは生活に支障が出る

・なにより髪の毛を放置しては「社会で生きられません」

やっぱり邪魔だよなぁ、髪の毛。

こんな勝手なことを考えてしまう私がいます。

でも一番問題なのは最後の社会性です。

髪がボサボサでは美しくない、見苦しい。

しかし私達が考える美しさとは、社会基準による教育の結果で形成されたものです。

おそらく

「前髪に隠れて顔が判断できないと危険」とか

「髪を整えられないやつは蛮族だ、安全な仲間じゃない」

などといったリスク管理から生まれた価値観なのかな?と考えたりもします。

あとはノミやシラミといった衛生面の懸念でしょうか。

清潔であることは防疫の観点からも集団生活の基本ルール、うーんこれなら仕方がない。

誰だって臭いのも嫌いですしね。

「髪が伸びるのは、身だしなみを整えるようにとの神様からの贈り物なのかもしれません、髪だけに(しつこい💦)」

髪のまとめ

・髪が伸びるのを放置すると社会性に悪影響がある

・社会性とは、見た目の安全性把握と衛生面の両面

・髪が伸びるのは、身だしなみを整えるようにとの神様からの贈り物?

3.原罪といえば思い起こされる北国の雪かき

①雪かきは無限地獄

髪が伸び続ける不条理を原罪と呼んだなら、北国で最も原罪らしい労働は何かと考えて「原罪といえば雪かきだよなぁ」と私は連想しました。

北国に住んでいない方は、雪かきの過酷さをご存じないでしょう。

・雪が降る、ひたすら降ります

・一度家の前の雪かきを終えると、もう最初の場所では積もり始めています

・一日に3度やるのはあたりまえ

・雪かきをサボると村八分(これはさすがに少し誇張表現)

・ときには一晩で数十センチ、メートル単位で雪が降ることも

まるで賽の河原の石積み無限地獄のように私は感じています。

囚人に穴をほって埋めさせることを延々と繰り返させる拷問も思い出されます。

雪かきをするたびにいつもこう思うのです。

「こんなことしなきゃいけないほど、私は前世で悪業を積んだのか?」と。

雪かきを終えた後の景色には、散髪後のスッキリ感にも似た達成感があります。

けれど、降雪期が終わるまでこれが続くのかと思うと、明日への不安は雪のように積もる一方です。

②雪に救いはあるのだろうかと夜道を歩く

そんな私ですが、季節で一番好きなのは冬です。

雪が音を吸収するのでしょう、夜は特に静謐な雰囲気で私の心を安らげます。

風が吹かなければ雪があることで気温が安定して穏やかで外で過ごすのも苦になりません。

なにより「命が輝いている感覚」があります。

どこまでも真っ白な世界の中、私自身は自身の体温を感じ「生きている感覚」があります。

みちゆく人、まれに見かける動物なども、雪の中一生懸命に生きている感があり「愛おしさ」を少し覚えます

これが夏では、暑がりの私は溶けてドロドロになり、世界と一つになってしまうだけです。

冬は命が輝き、際立つ。

冬にはそんな印象があり好ましく思っています。

4.おわりに

散髪は面倒です。

でも家に帰って鏡を見ると、「おっイケてるじゃん」と思える自分がいます。

あんなに不条理だと思っていた面倒事が少し報われ、ささやかな満足感があります。

雪かきは害悪です。

降り積もる雪を前に、明日への不安も積もる一方です。

でも風のない雪の世界に、命の輝きを見出す私がいます。

両者に共通するのは「終わりのない繰り返しの面倒事」です。

しかし面倒なことの連続であるこの世界ですが、その中にはわずかな「救い」が潜んでいるかもしれません。

原罪もまた完全な罰ではないのかもしれません。

まだ生きていける、そう思えます。

ならば床屋も北国も、そう悪いものではありません。



ここまで読んでいただき、ありがとうございました🐻



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