
1.導入:ママ戦争止めてくるわって何の話?
①トレンド1位になった謎のタグ
Xにおいて下記のハッシュタグがトレンド一位になったようです。
#ママ戦争止めてくるわ
なんのこっちゃ?と思いながらハッシュタグで検索すると、どうやら選挙の話のようです。
②実際に拡散されていた投稿
実際に、次のような投稿が多く流れていました。
これ、本当にそうだわ。
— まさのあつこ (@masanoatsuko) 2026年2月6日
お借りします。#ママ戦争止めてくるわ pic.twitter.com/12fZOxh4lB
高市早苗推しかつで支持する若者へ。
— 石川 重太 (@shigetajyuuta) 2026年2月6日
選挙に行かない若者へ。
赤紙の意味も知らないかもしれない若者へ。
徴兵制への覚悟はあるか。#高市早苗 #徴兵#ママ戦争止めてくるわ pic.twitter.com/Q07ALqC6hq
情けないと思わないか?#ママ戦争止めてくるわ
— 一期一会🐾🍓🐾 (@OiA3o) 2026年2月6日
トレンド入りする日本
これは高市内閣への反意だ
憲法改正・自衛隊明記は
何を及ぼすか?
さなえちゃん可愛いの後に
赤紙が届く未来#高市総理を辞めさせよう
戦争をとめる為に#投票所に走れ pic.twitter.com/yjnAx3yxvM
③私が感じた違和感
先に断っておきますが、私は「戦争反対」や「平和を願う声」そのものを否定したいわけではありません。
むしろ大切な思いだと感じた上で、「言葉だけで現実が変わるかのように語られる空気」に違和感を覚えました。
このタグは、2026年衆院選で平和憲法を守るための投票行動表明として使われており、上記のようなポストが拡散されています。
しかし、徴兵制や軍拡といった現実との乖離を感じさせる内容も見受けられ、高市早苗氏率いる自民党批判が目立っています。
④この記事で考えたいこと
主義主張はいろいろあるとは思います。
ただ、大前提、共通の認識すら共有できていないのではないだろうかと違和感を覚えました。
この記事では、分かりやすく個人対個人のケンカの話から始めて、次に国家対国家の戦争について考えてみたいと思います。
2.ケンカはコミュニケーションの一種(注:ケンカを肯定や推奨をしていません)

①ケンカも「対人交流」の一形態
まず、ケンカは個人対個人の話です。
誤解されるかもしれませんが、一番大切なことは「ケンカもまたコミュニケーションの一種」だということです。
②良い交流と悪い交流がある
よく考えてみれば、グッドコミュニケーションがある一方で、バッドコミュニケーションもあるわけです。
バッドコミュニケーション、それがケンカです。
例えば、意見の相違から口論になる場合、互いの立場を明らかにする機会となり得ますが、過度になると関係悪化を招きます。
コミュニケーションというと何でもかんでも良いものという印象がぬぐえません。
誤解しやすいので「対人交流」という言葉を使えば少し緩和されるでしょうか。
コミュニケーション、対人交流の種類の一つがケンカとなります。
ケンカからまた仲直りすることもあれば、関係の決裂もあるでしょう。
ケンカは、コミュニケーションの過程の一つにすぎませんが、そこには「対立という形の意思表示」が含まれてしまいます。
③違いがある以上、衝突は起こる
ただ、人と人が違う以上、衝突が起きること自体は現実として避けがたいものです。
なお、一方的に危害を受けたりすることを暴力やイジメと言います。
暴力やイジメは、コミュニケーションではなく「支配」や「加害」です。
さすがにコミュニケーションとは切り離して考える必要があります。
3.戦争もまた外交の一種(注:戦争を肯定や推奨をしていません)
①戦争は国家対国家の現象
そして、戦争は国家対国家の話です。
もちろんこれは戦争を肯定する意味ではなく、「外交が壊れたとき最悪の形で噴き出す現象」として捉えています。
一番大切なことは、国際政治において外交の破綻が武力衝突(戦争)を招く可能性があるということです。
戦争は決して正当化されるものではなく、最悪の失敗の形態です。
②外交にも良い形と悪い形がある
同様に、外交においても円滑な交渉(グッド外交)と対立的な形態(バッドな外交)があり、後者が戦争です。
戦争の結果、休戦や和平協定を結ぶこともあれば、冷戦状態に陥ることもあるでしょう。
例えば、第二次世界大戦後の国際秩序の再構築が挙げられます。
戦争は外交の状態の一つにすぎません。
③一方的な危害=侵略という現実
なお、一方的に危害を受けたりすることを侵略と言います。
センシティブな表現ですが、侵略もまた、外交が完全に破綻した延長線上に存在します。
4.ケンカも戦争も避ける方が望ましいが、存在を否定はできない
①人間関係も国際関係も「違い」から始まる
対人関係も国家の関係も、いずれも「違う者同士の関係性」という意味では同じです。
お隣の家、お隣の部屋の住人を考えてみてください。
極論を承知で申し上げますが、対人関係において本質的な親しさがあれば、家族のような絆が生まれるでしょう。
②国家間でも同じ構造がある
お隣の国をイメージしてみてください。
同様に、国家間において本質的な価値観を共有していれば、文化交流や経済連携、連邦や統一化が進みやすいですが、現実には多様な違いが存在します。
互いに認められない、相容れない部分があるからこそ他人であり他国なのです。
③否定だけでは暴力を見落とす
異なる以上はすれ違う、その摩擦の大小の大きい方がケンカであり戦争ということです。
ケンカや戦争は好ましくない存在ですが、存在そのものを否定することはできません。
否定だけでは、かえってイジメや侵略のような別の形の暴力を見落とす危険もあります。
5.おわりに:理想は大切だけど現実は今ココにあります
①平和を願う声は否定しない
私だってケンカや戦争は避けたいところです。
ただXのポストの多くを見ると、戦争反対と唱えるだけで戦争が回避できるような論調に感じられてなりませんでした。
平和を願う声はとても大切です。
②現実には前提と議論が必要
ただ同時に、現実の国際社会では「願い」だけで衝突が消えるわけではなく、共通の前提や具体的な議論が必要になります。
互いを尊重できれば素敵ですが、現実は対等な力関係があることが前提です。
弱者に配慮できれば素敵ですが、現実はリソースが足りません。
国家間でも理想だけでは動けず、安全保障や経済力といった現実条件が絡みます。
どうしても私たちは違う、ということです。
③違いがあればベクトルが生まれる
違う存在が2つあれば、そこには方向性(ベクトル)が生まれます。
高気圧と低気圧があれば風が吹くのが良い例です。
願わくば善い風ばかりが吹いてくれれば幸いですが、現実にはいろいろな風が吹くでしょう。
互いの違いを尊重する善い風が吹く世界を望みますが、現実の選挙や外交では、対等な議論が不可欠です。
④あなたはどう感じましたか
Xトレンドの#ママ戦争止めてくるわのように、戦争反対の声は重要ですが、共有認識の構築が鍵となります。
私が感じた違和感は、「平和を願うこと」そのものではなく、「言葉だけで現実の衝突が消えるかのように語られてしまうこと」でした。
こうしたトレンドが示すように、投票という具体的な行動を通じて違いを尊重し、平和を築く議論を深めていくことが重要です。
あなたはこのトレンドを見て、どう感じましたか。
平和への願いと現実の外交、その間を埋める言葉を私たちは持てているでしょうか。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました🐻
その後、名言の浪費という観点で考察した記事はこちら
参考文献・もう少し深掘りしたい方へ
この記事で触れた「戦争」「国際政治」「世論や情報の力」は、昔から多くの議論が積み重なってきたテーマでもあります。
もし関心がある方は、以下の本も入口としておすすめです。
① 戦争そのものを知る入口
・『戦争論』(まんがで読破)――戦争という現象の基本をざっくり掴む導入に
② 国際政治の現実を理解するために
・『国際政治(改版) 恐怖と希望』(中公新書)――国家と世界の構造理解のための定番
③ 世論と情報の力を考える古典
・『プロパガンダ[新版]』――世論がどう作られるのかを考える古典

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