
世の中には、心を打つ名言があふれています。
「あなたの生きる今日は、昨日の誰かが生きたかった明日」
「明日死ぬかのように生き、永遠に生きるかのように学べ」
どれも力強く、美しく、確かに感動する言葉です。
読んだ瞬間は、背筋が伸び、何かを決意したような気持ちにもなります。
けれど、私は長くは続きません💦
数日もすれば、その情熱はすっかり冷めてしまいます。。
のどもと過ぎれば何とやら、言葉の余韻は生活の中に残りません。
これは名言が悪いわけではありません。
たぶん、私のほうの問題です。
私は、強い言葉に長く耐えられる人間ではありません。
気合や理想を高く掲げるほど、あとで反動が来てしまいます。
頑張りすぎては崩れ、何もできなくなって自己嫌悪に沈むことが多いです。
そういう循環を、何度も繰り返してきました。
だから私は、名言をそのまま信じることをやめたのかもしれません。
代わりに、名言を自分の生活に合う強さまで弱めることにしています。
たとえば、「明日死ぬかのように生き、永遠に生きるかのように学べ」。
ガンジーの有名な言葉ですが、正直に言って、私には要求が高すぎます。
明日死ぬつもりで今日を生きろ、と言われても、
そんな覚悟を毎日持てるほど、私は強くないです。
だから私は、この言葉をこう言い換えました。
「明日休むかのように、今日は少しだけ頑張る」
これくらいなら、私にもできる。
少しだけなら、踏ん張れる日がある。
そして本当に、翌日休むこともある。
それでも、この言葉は私の生活の中に残っています。
思い出すたびに、ほんの少しだけ前に進む助けになっている気がします。
もう一つ、名言との付き合い方として大切にしていることがあります。
それは、自分の経験に合った言葉を選ぶことです。
私の座右の銘は「小人閑居して不善をなす」です。
立派な言葉ではないし、格好も良くないです。
だがこれは、私自身の実体験として、心底そうだと思っています。
私は、暇を持て余すと、だいたいろくなことをしないです。
考えなくていいことを考え、気分を落とし、動けなくなることが多いです。
それなら、片道ウォーキングでもした方がまだ健全というものです。
何かを達成しなくてもいい。
ただ身体を動かして、時間をやり過ごす。
この言葉は、私を鼓舞するための名言ではありません。
私が自分を壊さないための、注意書きのような言葉です。
世の中には、素敵な言葉がたくさんあります。
けれど、それをそのまま人生に当てはめる必要はないと思います。
名言は、人生を奮い立たせるためのものではなく、
自分の人生のそばに、無理のない距離で置くものなのだと思うのです。
強すぎる言葉に疲れたら、少し弱めればいい。
遠い理想なら、今日できる形にまで下ろせばいい。
それで十分、生きていける人もいる。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます😊