
1.発言の背景など
テレビ東京の「カンブリア宮殿」2006年5月22日放送分にて村上龍氏との対談で語られた言葉です
発言者は渡邉美樹氏。外食・介護などの事業を展開するワタミグループの創業者として知られています。
2008年の従業員過労自殺問題はここでは触れず、発言だけを振り返るとしましょう。
今から約20年前の発言なんですね、もはや古典に属する言葉でしょう。
この言葉は「諦めずに成功した人」の視点から語られており、挫折した人の状況が抜け落ちているため、「生存者バイアス」の典型例としてもしばしば批判的に引用されています。
注:生存者バイアスとは
成功した事例や生き残った対象のみに注目し、失敗したデータを見落とすことで、判断が歪む認識の偏りです。成功事例の共通点だけを真似るなど、不完全な情報に基づいて意思決定すると、本質を見誤るリスクが高まります。
「一将功成りて万骨枯る」という言葉もあります。両者には、「目立つ成果の裏側にある無数の犠牲や失敗が見落とされがちである」という共通の構造があります。
2.一理はある。ただし誰が何時その「ツケ」を払うのか?
・トライアンドエラー(試行錯誤)
・諦めたらそこで試合終了
・途中でやめなければ、それは失敗ではなく成功への過程である
これらの言葉は、松下幸之助をはじめ、エジソンやアインシュタインなど多くの成功者が残した、努力と継続の重要性を説く名言・格言の考え方です。
それ自身は素晴らしいものであり、わたしも賛同するものであります。
人生には時として、「無理をする必要がある場面」も出てくることでしょう。
しかし、無理を「し過ぎる」のが問題です。
無理には代償がつきものです。
果たしてその「ツケ」は誰が、いつ、どこまで支払うことになるのでしょう?
代償の多くは「個人の」「数日の」中で解消できることが多いです。
しかし無理のし過ぎは、しばしばその範囲を超える時があります。
その時に代償を払うのは、個人のみならず家族や社会にまで広がり、数年、または一生涯に影響が及ぶかも知れません。
私は職場での出来事の積み重ね、「無理のし過ぎ」によりうつ病を発症し、のちに発達障害の診断も受けました。
私の支払ったツケは「なかなかに大きなもの」であり、まだ完済しきれていないとも言えるでしょう。
3.果たして私は「無理のしどころ」を判断できるだろうか?
物事の肝要は「緩急」だと私は思っています、つまりアクセルとブレーキですね。
進むところで進み、時にはゆっくり進み、時には止まる。
私のような発達障害の人間にはそれが難しいです。
不要なところで余計なエネルギーを使い、大切な場面ではバテてしまう。
無理を容易に肯定してしまうと、すぐにお陀仏です。
ある意味で私は紙一重だったのでしょう。
4.生きるのが下手な私は今日も歩む
「無理」を警戒するのは、私にとって必要なブレーキです。しかし、ブレーキを踏み過ぎていては前に進めません。
「いま私が踏んだブレーキは、無理対策か?それともただの怠けなのか?」
この問いに対し、私はいまだ明確な答えを持っていません。
生きるのが下手な私ですが、それでも「道は必ずある」と信じて、一歩、一歩を積み重ねて生きたいと思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました🐻